プロフィール


ハンドルネーム:D造
本名:徳永大造(とくながだいぞう)
生年月日:1976年10月14日
出身地:佐賀県
血液型:AB型
好きな言葉:最新、最先端、珍しい

もう少し楽に生きる術を皆さんに提供したい

今、社会がいろいろたいへんな状況です
その中で、苦労してる人、活躍してる人、さまざまですが、こうも社会が予測不能な状態になりますと、過去の経験ではどうにもならないことが多くなり、直感力などの感覚が必要となってきたように思います
私たちが日常使う言葉に、病気、元気、気持ちなど、たくさんの「気」が含まれており、本来身近な「気」なわけですが、私たちの意識のなかではその「気」と3次元社会との間に大きな隔たりがあるように感じ、その隔たりが私たちの感覚を鈍らせているように思います
そういった中で、私は様々な経験を通して人間の万能さ、気などの目に見えない力を知ることになり、私はこれを日常で使って難を乗り越えてきました
これは私だけがそうやってできるものではなく、気をコントロールする呼吸法とちょっとしたコツさえわかれば誰でも使えるものなのです
ですので、私はぜひこの呼吸法を皆さんにも知っていただき、ぜひ日常でご活用いただいて、人生をもっと楽しんでもらえればと思っています
そのために、このブログではとにかく具体的にわかりやすく書くことを意識し、また、セッションでは、皆さんに気の扱い方を伝えながら、直感の使い方はもちろんですが、ストレスや不安を解消する方法や自分自身をコントロールする術などを伝えていきたいと思っています

こっから自己紹介します

前職はネット系のベンチャー企業でCFO(管理部責任者)してました

年商10億円弱のベンチャー企業で管理部責任者(CFO/取締役)をし、年収は1000万円越えていました
CFOと言えばかっこいいですが、管理部の仕事の何でも屋でした
経理、財務、人事、労務、総務、法務など営業に関わることは何でもしました
他にもプライバシーマークを取得したり、酒販免許取ったり、法人設立したり、上場準備していたときは、証券会社と話をして、規程を見直したり、J−SOX対応など上場準備もしていました
最後のほうは銀行と融資のゴリゴリの交渉もして、神経をすり減らしていました
ですから、会社で必要とされる管理的なことは全てできます

他にもいろんな仕事をしました

大学生のときビジネスで一旗揚げたい!と思ったけど、何がやりたいかわからなかったので、最初に就職した会社はベンチャーキャピタルという業種の会社に就職し、広島支店3年、本社で半年働きました
ベンチャー企業、中小企業の社長に「株式上場しませんか〜?」という話をして、株式上場のお手伝いをする仕事をしていました
このときに数百人の社長にお会いし、企業経営のたいへんさを知りました
その後、知り合いの社長に誘われてスカパーの放送局の立ち上げに参画して、パチンコ業界の方と関わることになり、光と影を思う存分味わいました
しかし、いろいろとトラブルがあって、そのあとはアパレルメーカーとスニーカーショップの会社に転職しました
そこでは主に通販事業の立ち上げを行い、覚えてませんが年商1億円ぐらいの事業にしたんじゃないかと思います
傍らで週に1回は原宿の店舗に立って、修学旅行生など若い方にスニーカーを売ってました
ただ、休みは週1回、夏休み、年末の休みもほとんどない状態で、朝から晩まで働き、その環境に耐えられなくなり、またまた転職いたしました
その後、売上150億円ぐらいの上場企業の新規事業開発をしたりしていましたが、リーマンショックでその事業から撤退することが決まり、前職に転職することになりました

呼吸法をするようになったのは

これまで僕らは学校や会社の中でそういった感覚的なことは教わってきませんでした
そういった中で、僕は友人の紹介でレイキヒーリングや阿部敏郎さんのフルフィルメント瞑想を教わることになり、その世界にはまってしまい、超物質的な仕事をしながら、空いた時間ではヒーリングをやってみたり精神世界を追求することになりました
これが確か1999年ぐらいのことだと思います
それから、いろんな精神世界、スピリチュアルなことを体験しました
その体験がこのブログをスタートさせるきっかけにもなり、その体験を毎日のように書いてきました
しかし、精神世界を追求すればするほど、現実とのギャップを多く感じる事もあり、一時期は社会がイヤになり、田舎で自給自足の生活を送ろうかと真剣に考えたこともあります
しかし、それをするにもなかなか踏ん切りがつかずに、そのまま企業でストレスにさらされながらハードワークを熟していました
そういった中で、気の世界を知ることになりました
それまでは、「愛」だとか、「意識が変われば現象が変わる」、「グラウンディングしなさい」だとか、そういったことはたくさん知りましたが、ですが、具体的にどうすれば良いかはわからず、結局は精神世界・スピリチュアルな体験と現実をなかなか結びつけることができずにいましたが、先生が教えてくれたことは違いました
自分自身の感情のコントロール法をはじめ、銀行や取引先と交渉をするときの相手との間の読み方、間合いの取り方など交渉法も教わり、ハードな現場を乗り切ってきました
現在も呼吸法や気の扱い方を皆さんに教えながら、自分自身も気力のアップとその原理を学んでいます

中学生から大学生まで唯物史観でした

小学生のときにかるた大会やじゃんけん大会で優勝したことがあります
そのときは次に何が出るのかなんとなくわかってたため優勝することができました
そのことを両親や他の大人に話をした際に、「たまたまだよ」と言われ、特に父が「科学で証明できないものは存在しない」という強い考えを持っていましたから、その影響を受け気づいたら唯物史観になっていました