D造です。
昨日、ひめくり商店の江口さんに野菜やパンをいただきまして、パンをいただいたんですが、身体が洗われるような優しい感じで、おいしいパンでした。
近所にあったらうれしいなぁ、、、。

で、以前からいただいていた出版の話を断ってしまいました。
ですので、出版の話は無くなりました。
やめた理由は、執筆する時間がないということ、時流が今じゃ無いと判断したこと、今、ボイトレやグループセッションを始めようとしていて、その立ち上げに専念したいなどです。
出版社さんにはかなり良くして頂いたので、たいへん申し訳ないと思ったのですが、やっぱり出版は大きい影響があるので、慎重にしたいと思いました。
本当に申し訳ありません。
というか、何でもすぐに発表するから、こうやって後ろ向きな発表もしないといけなくなるんですよね。
少し控えないとですね。
で、お蔵入りになった原稿はメルマガで少しずつ配信しようと思います。
ですので、興味がある方はメルマガ登録してください。

世の中には出版したいと心から願っているのになかなかチャンスがない方もいれば、私みたいに断ってしまう人もいます。
私もちょっと前までは出版したいと思っていたんですけどね。
とあることがきっかけで気持ちが変わってしまいました。
こういう言い方してはあれなんですが、価値って、全ての人に共通のものではなくて、感じる人それぞれなんだなぁって改めて思いました。
価値は欲しい人にはあるし、欲しくない人にはないんですよね。
私のセッションも、お金を払って毎週受けてくださる方もいれば、友人でアドバイスしたら煙たがられることもあります。
「それだと失敗するよ」とアドバイスして、実際に言った通りの失敗の結果が出てきていて、だからこうした方が良いとアドバイスしてても、煙たがられるんですよね。
どこまでも欲してない人には無価値なんですよね。
ただ、私の出版を断ったことと、私のアドバイスを煙たがるのは、違うところがあって、前者の私の場合は、私の目的や得たい結果があって、それを得られるかどうかを考えたときに出版がそれに当てはまらないという判断で、後者の場合は、内容ではなくて、それを発信しているのが「D造」というのが問題で感情的な判断なんですよね。

ひめくり商店さんが送ってくださった野菜やパン。おいしかったし通販で買おうと思います。オクラがビッグサイズでした。
価値というのは、感情的な判断を排除しないと見ることができません。
例えば、
「100円の商品と1,000円の商品はどっちが高いですか?」
と質問されたら、どう答えますか?
1億円と答える人もいるかもしれませんが、もしそうだとしたら、それはもう感情的な判断です。
この段階ではどっちが高いかどうかはわからないんです。
「1円の価値しか無い100円の商品と10,000円の価値がある1,000円の商品はどっちが高いですか?」
という質問だとしたら、答えが変わると思うんです。
恐らく1000円の商品は安いと感じるし、100円の商品は高い。
100円、1,000円という金額だけに反応しちゃったら、価値がわかるところまで発想がいきません。
人に何か教わるときに、私は学べるかどうかだけで判断していて、教えてくれる先生の人格はほとんど考慮しません。
学びに先生の人格が影響するのなら考慮しますが、人格が素晴らしくても学べないんだったら価値が無いと思っています。
ですから、先生の人格が最低で物の言い方がひどかったとしても学べるんだったら気になりません。
そりゃ、人格が素晴らしいにこしたことは無いんですけど、だから、誰が言うかは問題じゃ無くて、学べるかどうかが重要なんですよ。
これは学びに限らず、得たい結果が得られるなら、辛かろうが、できる自信が無くてもやります。
ですから、辛いとか、自信は関係ないです。
でもやっぱり出版については、感情的には諦めるがしんどかったです。
結構時間使ってやったし、担当の方にもお世話になりましたしね。
でも、これまでの経験で言えば、感情的に判断すると、あとでたいへんなことになるんですよね。
コツコツと地道な道を進むしかありませんね。
引き続きよろしくお願いします。
そんなわけで、原稿に興味がある方はメルマガ登録ください。
間に合えば、今日の配信分から載せます。
