究極的な自分にならないと実は何も学べてない

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D造です
僕はゲームが好きなんですが、スマホは作業系のゲームが多過ぎて、もう少し面白いゲームを作っていただきたいと思う今日この頃です
希望としては「ゼルダの伝説」シリーズをスマホで出して欲しいです


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昨日、「究極的な自分と人間的な自分」って記事を書きました
意外といろんな方からの反応がありました
昨日の記事で終わりのつもりでしたが、また書こうと思います

世の中の宗教だったり、スピリチュアルな何かだったりは、この「究極的な自分とは何か」とか、「究極的な自分になるにはどうしたら良いか?」ってことを必死に言っているんだと思います
で、この「究極的な自分」になるのは実は簡単で、そうなればそうなれるんです

だけど、「人間的な自分」の状態で長いこといすぎちゃって、クセで人間的な方になっちゃうんですよね
あと、究極的な自分になると、究極の中に、さらに究極の究極があることがわかるんですね
そうすると究極の究極を知ると、究極な状態がまだまだな感じがして、そうなると自分が究極的な状態なのに、人間的な状態のような感じがして、勘違いしてるときもあります
そんなわけで、究極的な自分は微妙なんです

例えば、重さを量るスケールがあったとして、それが0.1g単位まで量れるとします
そうすると「99.95g」は「100.0g」って表示されるんですよ
だから、0.1g単位まで量れるスケールを持っている人は「99.95g」を「100.0g」と認識するわけです
ところがある人が0.01g単位まで量れるスケールを見せてくれて、そのスケールで量ったら、「99.95g」って表示されて、「あれー!まだ100gじゃなかった!」って知るんですよ
そうなると勘がいい人は「0.000000001g単位まで量れるスケールがあるかもしれない!」って感づいて、自分のスケールでは100gって表示されていても、「俺のスケールでは100.00gって表示されているけど、まだ100.00gじゃないはずだ」ってなるんです
そんな感じで、どこまでも究極の究極があることを知るんです
だから、究極の究極があることを知ってる状態が究極的な自分の状態だったりしますから、そういう状態になれば良いんですよね

そんな感じで、究極を知っている人が究極の究極があることを知っちゃうと、究極な状態がまだまだな感じがして、究極の究極になるにはどうしたら良いかを知りたくなるんです
だけど、究極の究極を知って、さらに究極の究極の究極があることを知っちゃったら、そこには無限の究極があることに気付いちゃうんで、そうすると自分の究極に価値を感じなくなって、「自分はまだまだだ」って思えてくるんです

この「自分はまだまだだ」ってのは、謙虚ってことなんでしょうけど、「無限の究極を知らない人のまだまだだ」ってのと、「無限の究極を知っている人のまだまだだ」ってのでは意味が大きく違うんですよ
無限の究極を知らない人は、100gかどうかを知りたくなるんですよ
で、無限の究極を知っている人は、自分のスケールでは100gだから、もう100gかどうかには興味が無くなっちゃって、本当の重さを知りたくなって、より細かい重さが量れるスケールを探して量りたくなるんです

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今日は朝日が気持ち良かったですが、段々曇ってきましたね
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んー、例え話がかえってわかりにくくした気もしますが、そんな感じで、究極を知らない人と知っている人では大きな違いがあるんです
「無限の究極を知っている人のまだまだだ」ってのは、「自分が知らないことが何かを知りたい」って感じの意味で、「無限の究極を知らない人のまだまだだ」ってのは、「自分が知っていることが何か」を知りたい感じの意味なんです
だから、「自分が知っていることが何かを知ろうとしている」ときは、知らないことが現れると、それを無視しちゃうんですよ
そして、学びってのは自分が知らないことを知ることだから、知らないことを無視しちゃったら、学べないんです
だから、究極を知らないと真実が学べないんですよ

でね、究極の究極があるってことを知っている状態を「究極的な自分」って言い方をしているわけですが、この究極的な状態になると、ホントね、自分に入って来る情報量が格段に変わるんです
だから、いろんなことがよくわかるんです
で、僕はそういったことからも、究極的な状態になりたいわけです
僕の場合は究極的な状態になりやすいところでは究極的な状態になりやすいんですけど、そうじゃないときがまだまだあって、そこをなんとかしたいわけです

ホント究極的な自分になって、そこからやっとスタートなんですよ
究極的な自分じゃないと、実は自分さえも認識できないんですよ
自分が何をしているかさえもわからないし、自分が何を考えているかもわからないし、だから、自分をコントロールできないんですよ

こういうと「いやいや、自分で何をしているかコントロールしてるし!」って思う人いますよね
こういう話ってホント説明が難しいですね
誤解を招きそうです

ちなみに、自分をコントロールしていると思えているときは、コントロールできているんですけど、無意識に何かをやってしまったり、惰性で何かをやってしまっているときがあるんですよ
だから、そこに気付くと、「いやいや、自分で何をしているかコントロールしてるし!」と思わずに、「自分をコントロールできてないとき多いよね〜」ってなるんで、「いやいや、自分で何をしているかコントロールしてるし!」って思った方は、僕が書いてることと違う視点で理解してるってことです

で、時々、個人セッション中に、そういう話になって、究極的な自分を知らなかった人が、究極的な自分に気付いちゃったりする人がいるんですよ
そのときって、反応がさまざまで、そのまま無言になって何にも言えなくなったり、爆笑しちゃったり、泣き出しちゃったりするんですよね
僕は無言になるタイプです
究極的な状態でセミナーなんか受けると、質問ができないんです
質問が出てくるんですけど、その質問自体が意味が無い気がしてきて、黙っちゃうんです

なんかどうどう巡りになってきました
個人セッションなんかでこういう話をし始めると、すぐに何時間も過ぎちゃうんですよね

で、究極的な状態になるにはどうしたら良いかってことになるんですが、どうしたら良いかは説明ができないんです
だけど、僕がやっていることを言えば、とにかく余裕をキープすることだと思います
そして、そういう究極的な状態でいる人と一緒にいることなんですよね
(だけど、究極的な状態を知らない人は、どの人が究極的な状態でいる人なのかがわからないんですよね。。。)
もう一つは自分が正しいと思い込まないことです
さらに言えば、、、

ってまた、どうどう巡りになりますね

だから、まずは余裕をキープすることですよ
余裕をキープするってのは、リラックスするってことだったり、楽しむってことだったりです

とにかくそういうことです
文字での説明には限界がありますね
詳しく知りたい人はセッションを受けてくださったら説明します

ってことで、余裕キープのために、とりあえず、呼吸法のやり方を書いときます

<気の状態を整える>
1.気を出す呼吸法で気を満たす:3〜5分
2.気を落とす呼吸法で気を落としてグラウンディングする:1〜3分
3.頭から気を抜く呼吸法で頭をスッキリさせる:1〜3分
<不安のもとの胸のつまりを取る>
4.胸のつまりを取る呼吸法で気分をスッキリさせる:3〜4回

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※ランキングの事が良く分からない方、エネルギーの設定ってなに?って方は過去記事「ブログランキングについて説明してみた件」(⇒コチラ)をご参照ください

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