収入にこだわって何が悪いの?

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D造です
今朝も天井が1時間近く振動していました
ってことで、2階の住人の方はこのブログの読者ではないことが判明しました
(意味がわからない人はコチラの冒頭部分をご参照ください)

 

昨日、「会話がかみ合わないときの原因って何かという話」という記事を書いたんですが、「D造さんはいつも年収の話をされますが、なぜそこまでお金に執着するんですか?」とか、「D造さんはお金への執着心が強いので解放したらどうですか?」的なコメントをいただきました
で、ちょっと誤解があるというか、なぜかわからない人がいるので説明します
ちなみに、そういう捉え方をしてしまった人は、自分の中にお金の執着心があるからそういう風に見えるんですよ

僕は生きるからには、社会に対して、何らかの価値を生み出さないと生きている意味が無いと思っています
で、その価値ってのは、人それぞれの規模で良いと思っているんですが、その価値を生み出すために、どれだけ自分の人生をかけたかが大切だと思います
どういうことかというと、ソフトバンクの孫さんや松下幸之助さんのように日本に大きな影響を与える人もいれば、女性であれば、子育てでも良いと思いますし、病院で寝たきりの人は一生懸命生きて見せて、看病してくれている家族にその生命の光を見せることで、家族を感動さることでも良いと思うんです
世界規模で影響を与える人もいれば、1人しか子育てしない人もいて、それは一見すると世界規模の方が素晴らしいように感じるかもしれませんけど、それは比べようがありません
また、何が残せるかは結果論であり、見る人や時代によって評価が変わるから、何を残すか、どれだけの規模で残すかよりも、残すためにどれだけ一生懸命にやれたかだと思うんですね
だから、1人に対してでも良いから、自分の人生をかけて一生懸命に何かを残すことが大切だと思うんです

で、僕は今、月に50人ぐらいの方が来てくださっている状態ですから、50人に影響を与えているわけです
あとは、ブログで毎日1500人ぐらいの方が見てくださっているようですから、それも影響を与えています
それが僕の現状の価値です
このまま続けていても、個人セッションではこの人数が限界だし、グループセッションにしてもせいぜい300人ぐらいが限界で、個人レベルでやれることはせいぜいこんなもんなんです
だけど、できれば、僕は万単位にしたいんですね
万単位の規模にすることと、300人規模を比較したときに、300人規模だったら、恐らく2年後には実現できますから、万単位の規模の方が一生懸命にやらないとできないんですよ
で、万単位にするには、ビジネスでやった方が膨らむんですよ
だから、ビジネスでやるんです

IMG_5210.JPG
大阪王将の天津飯。フワフワ卵が最高にうまいです。これで390円は脅威です。麻婆豆腐をかけた天津飯もあるらしく、近日食べにいきます。
——

年収にこだわっているのは、僕の場合で言えば、お客さんが、僕がしたことへの対価としてお金を払ってくださって、気に入らなかったら、お客さんが離れていくわけですから、収入=お客さんの評価なんですね
お客さんの評価は、社会的な評価でもありますから、社会的な価値の証明なわけですね
だから、年収が高いということは、それだけ社会に対して価値の高いことを提供できていると捉えることができるわけです
こういう言い方をすると、「年収の高い人の方がエライ」という感じがしてくるかもしれませんが、僕の場合、そういう構造になっているから、そう言えるだけで、子育てなんかは、お金をもらうわけではないから、「年収=社会的価値」というのはあてはまらないです
そういうわけで、「社会的な価値=年収」として捉えているから、年収にこだわっているんです

それにお金があれば、活動の幅が拡がりますからね
そういう意味でも年収を上げたいというのもあります

僕は今、1日に6〜8人ぐらいのお客さんが来てくださっているんですね
そして、お客さんというのは、僕のことをリスペクトしてくださっているんで、僕としては気持ち良いわけですよ
でも、その気持ち良さは守られた空間の中だけでの出来事で、一歩外に出れば、僕は「怪しいことしている人」なんですよ

お客さんは人生を変えたいと思って、そのきっかけを求めて来てくださっているわけです
お客さんは社会という「守られていない空間」と向き合ってしんどいわけで、僕が守られている空間にいて「呼吸法やったら楽になりますよ〜」なんて言っていても、「それは守られた空間にいるからであって、呼吸法は関係ないだろ!」という感じがしますから、説得力がないと思うんですね

こういう言い方してはあれなんですけど、宗教的な集まりとか、稽古事の集まりに行くと、社会の中で一生懸命に生きていないのに、そういう集まりの中だけで光っている古株の人がときどきいるんですけど、それってどうかと思うんですね
やっぱり、そういう集まりで光るんであれば、外でも光らないと意味が無いと思うわけです
外で光には、一生懸命に生きないと光れないわけです

「一生懸命に生きる」って言うと、苦痛に耐えて生きている人って感じに捉える人がいるかもしれませんが、そうではなくて、目の前の仕事を一生懸命している人だったり、いろんなところで他人が気持ち良くなるように笑顔を心がけている人だったり、自分の子どもが元気に成長するために一生懸命に子育てしていたり、病気の人は病気を一生懸命に治したり、自分がやるべきこと、やりたいことを日々やり遂げている人ってことです

そういうわけで、僕にはお金に対する囚われは絶対にあると思います
でも、年収やビジネスにこだわるのはそういうことです

何にしても、せっかく授かった生命ですから、一生懸命に生きましょう!

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コメント

  1. まりこ より:

    こんにちは!
    お金なんて関係ないっ!って思っていた時がありました。
    今思えば、まわりの存在に守られ、お金の心配なんてしなくても良かったからでしょうね。
    やっぱりお金じゃん!って思った時もあります。
    でも、そんな風に思うのが恥ずかしい事のようにも感じて苦しかったです。
    今は、よいお仕事をして収入を増やして、素晴らしいと思うことにジャンジャン使えるようになりたいと思ってます。
    人や世界を破壊するような、マイナスな方向にお金を使う人もいる世界だから、負けてはいられないと思います。

    • D造 より:

      まりこさん

      いつもありがとうございます!!
      よく『「愛」があれば、何もいらない』って考えている人がいますけど、それはトレンディドラマの見過ぎなんじゃないかと思います
      愛もお金も大切で、それを比較するのもナンセンスな話で、ステーキを食べるときに、フォークとナイフのどっちが大切か??って考えているようなものなんですよね
      だから、どっちもだよ!!ってことですね
      人や世界を破壊するようなお金の使い方については、究極的にはその通りなんですが、そのプロセスの中で給料をもらっている人だっているんです
      だから、実際は白黒つけにくいものだと思います
      悪いことをしていると思われる人も何か事情があってのことですから、罪を憎んで人を憎まずみたいなものじゃないかと思ったりします

  2. まりこ より:

    確かに、白黒つけられませんね。
    ロシアのカラシニコフ(だったと思う)の工場をテレビで紹介していたのを思い出しました。

    • D造 より:

      まりこさん

      コメありがとうございます
      カラシニコフと記事の話がどう繋がっているのかわかりませんが、テレビが良い話だったら良いなぁと思います