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三方良しの経営、生き方ができない理由

 

D造
D造

D造です。

昨日は朝は寒かったのに、昼間は暑かったですね。

 

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昨日の「良い人・悪い人の定義と見分け方について」は思ったより、アクセス数が伸びていません。

いつものパターンで、私が「これはポイントになるぞ」と思った記事はアクセス数が伸びないです。

ですが、「エゴの定義について」だったり、定義系の記事は引用していきます。

 

昨日の記事にも書きましたが、私は以前は極悪人でした。

「極悪人でした」と過去形で言っていますが、「極悪人だった過去と比較すると、今はまし」という意味で、「極悪人でした」と言っているだけで、今も極悪人の可能性があります。

 

極悪人でも、会社の取締役はできましたし、リーダーもできました。

良い人・悪い人の定義と見分け方について」の記事で「悪い人は何も学べない」と書いていますが、正確には、「悪い人は、健康を害するようなことだったり、人に迷惑をかけるようなやり方しか身につけられない」ということですね。

例えば、社長が悪い人の会社は、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の三方良しの経営はできません。

悪い人が社長の会社は「社長だけ良し」の経営になります。

三方良しの経営や生き方をしたければ、「良い人になりましょう」ということになりますね。

 

世間では、判断する人にとって「都合の良い人」を良い人と評価します。

例えば、スピリチュアル系のブログなどで、内容の善し悪し、デタラメであるかは関係なく、自分にとって都合の良いことが書いてあると、「良い記事だ」、「この人は良い人だ」と感じてしまうということですね。

ですので、「良い人」の基準が場当たり的になり、その結果、「良い人と思っていたのに、実はそうじゃなかった」みたいなことが起こります。

 

で、そういう人は自分の言動についても、場当たり的で都合良く解釈しますので、自分を「良い人」と思ってしまいます。

当然、私も以前は自分のことを「良い人」だと思っていました。

自分のことを良い人だと思っているから、他人に対して、「あぁした方が良い」、「こうした方が良い」と言いたくなるんですよね。

 

で、良い人にも×があったり、悪い人にも○があり、割合が51対49だったり、70対30だったり、いろいろあって、程度の差があります。

そして、良い人というのは、自分を○にしようとする人なわけで、それをするには、自分の×を探して、○にしようとすることになるわけですから、自分の×を探すことになります。

そうなると、良い人は自分の×の部分ばかりを見ることになりますので、自分が良い人には感じられなくなります。

自分を良い人に感じられないと、他人のことをどうこうしようという気が起こらなくなりますね。

 

いずれにしても、悪い人の特徴として、「自分は良い人だ」と思って、疑わないことが盲点です。

殺人事件を起こす人も「自分は良い人だ、自分がやることは正当性がある」と思っているそうですよ。

 

で、良い人になるには、自分の×、つまり、自分のエゴ(=観念、心身の歪み)をチェックして、修正する作業をひたすら繰り返すのみです。

それをせずに、良い人になろうとしてもうまくいきません。

うまくいかない良い例として、このブログの大先生シリーズがあり、大先生を褒めて、何とか○にしようとしていますが、かえって大先生に迷惑をかける事態になっています。

これは「極悪人が上っ面だけ良い人を気取るとこうなる」というわかりやすい例ですね。

 

自分のエゴをチェックするには、エゴが上がったときの心身が歪みが認識できるかどうかになります。

その歪みを認識できなければ、それを認識できるようになるところからやっていくことになります。

つまり、悪い人にとって、良い人への道のりは遠いということですが、良い人になりたければ一歩一歩進むしかないですね。

 

寿司は回転寿司が良いと思う今日この頃です。

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