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「エゴを下げる」ってどんな感じかを説明してみた件

 

D造
D造

D造です。

確定申告の作業を始めたのですが、今回、レシートの整理を忘れていまして、思ったより難儀しそうです。

しっかりやっていこうと思います。

 

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ここしばらく、エゴ、心身の歪みについて、繰り返し書いてきました。

エゴが高いから問題(健康、金銭、人間関係)が生じる、問題が生じるのはエゴが高いから

よって、問題が少ない生活をするには、「エゴを下げる」ことが大切

 

エゴが上がると、心身が歪みます。

心身が歪む感触というのは、いろんなものがあります。

「心身の歪み」についての説明は「心身の疲れ」ってのがどんな感じかを説明するのに似ています。

「疲れ」というのは、気持ちが落ちたような重苦しいものもあれば、足腰が重くなったようなときもあったり、または肩や首が凝ったようなものもあります。

何より、慢性化した疲れというのは、誰かに指摘されないとわからない場合もありますし、中には指摘されてもわからない場合もあります。

 

で、エゴによる心身の歪みは、力が抜けるような感じもあれば、身体が硬直するような感じの場合もあり、また、頭が真っ白になるような場合もありますが、疲れと似たようなものでもあります。

ただ、私の見解ですが、心身の疲れと比べると心身の歪みについては、「認識しにくい」、また、「指摘されても認めづらい」というのがあります。

 

「心身の疲れ」も「急性的な疲れ」と「慢性的な疲れ」があって、急性的な疲れは認識しやすいけど、慢性的な疲れは認識しにくいです。

心身の歪みというのは、「感触が薄い」というのがありますが、疲れと同様で、急性的なものは認識しやすいけど、慢性的なものは認識しにくいです。

で、「エゴ」は、自分が生きてきた中で構築した経験則、思い込み、観念ですから、心身の歪みは慢性的なもので、クセみたいなものです。

 

見た目は悪くなかったけど、味はきびしい、、、

 

心身の歪みを認識するというのは自分のクセを認識しようとするようなもので、自分のクセを自分で認識できるのか?という話ですね。

ほとんどの人が「おはようございます」という挨拶で心身が歪みます。

「おはようございます」の挨拶は長年やっていますので、このレベルの歪みに気付くのは難しいです。

ちなみに、急性的な歪みというのは、イヤなことが起こったときに起こる、息が苦しくなったり、落ち着かなくなったりするような身体反応ですから、慢性的なものよりは気付きやすいです。

 

ですので、このブログでは「エゴを下げましょう」、「心身の歪みを戻しましょう」と口酸っぱく書いていますが、そういう私も指摘されないと気付けないことがほとんどです。

私は気付いていない人より気付いている程度だと思います。

気付いていないことがどれぐらいあるのか、わかりようがないので、憶測に過ぎませんが、私が気付いている心身の歪みは極一部で、歪みの量からすると、気付いていないに等しいんだろうと思っています。

 

で、「エゴを下げる」というのは、主に下記のことを指しています。

  • 歪みを認識したら状態を戻す
  • 歪みが少ない状態をキープする

 

これは「疲れ」で言うと、「疲れを認識して、疲れがあれば疲れを取り、そして、日常は疲れないようにしてください」と言っているようなものです。

ですので、ガバイセッションでも「エゴを下げるコツ」を聞かれますが、答えようがないです。

「疲れないコツはなんですか?」と聞かれるようなものですね。

 

そうそう、前半部分に「心身の歪みを指摘されても認めづらい」と書きましたが、心身の歪みがひどい人、つまりエゴが高い人は、自分の歪みを認めようとしないということです。

心身が歪んでいる状態のとき、つまり、エゴが高い状態のときというのは、あらゆることの受け入れができなくなります。

怒っているときに、人の意見を受け入れられないのと一緒ですね。

 

そんなわけで、「エゴを下げる」、「心身の歪みを戻す」というのが何かを説明してみました。

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