あなたが感じていることは誰が感じているのか?

 

D造
D造

D造です。

パソコン関係でいろいろと入れ替えと申しますか、ごにょごにょとやっていたら(専門的なこと)、やっと落ち着けそうです。

その中で、今回、データ保存用のハードディスクを追加で購入したのですが、作業が終わってみたら、無くてもやれることに気付きました。

セールとポイントバックのキャンペーンで通常価格の半額ぐらいで購入したのですが、返品できず、お得な買い物ではあったのですが、全く使わなそうです。

パソコンのバックアップ用にでもしたいと思います。

 

 

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お客さんと話をしていると、自分が感じたことが正しいかどうかを確認したがる人がいます。

似たような感じの人で「自分は人に流されているだけかもしれない、本当の自分が何を感じているのか知りたい」という人もいます。

 

結論から申し上げますと、私は自分が感じたことや思ったことが、正しかろうが、悪かろうが、どっちでも良いと思います。

もう少し言うと、自分だけがそう感じて、他の人がそう思わなかったとしても、それで良いと思います。

自分がそう感じた、そう思ったのなら、それで良いです。

 

で、問題があるとしたら、そう感じたことで、目の前の状況がスムーズにいかなくなったり、問題が生じることがあります。

仮に自分が感じたことが正しかったとしても、何らかの問題が生じるのは問題ということです。

ですので、感じたこと、思ったことが正しいかどうかより、問題が生じるかどうか、ポイントじゃないかということです。

 

例えば、友人と食事に行き、大皿料理を頼んだら、友人はまずいと言い、あなただけがおいしいと思ってしまい、その原因が、ひょっとしたら、あなたの味覚が友人とはズレているからかもしれません。

その場合、あなただけズレていたおかげで、好きなもの独占して食べることができそうですね。

だけど、みんなが「まずいまずい」と言うのを聞いているうちに、あなたもその影響を受けてしまって、まずいと思ってしまい、料理を残してしまうかもしれません。

蓋をあけてみたら、その料理が傷んでいたから友人たちはまずいと言っていたとしたら、友人に流されて良かったということになります。

 

また、あなたが友人に映画をオススメして感想を聞いたとします。

そして、その友人が「面白いと思ったけど、あなたの影響を受けてしまって、そう思ってしまったのかもしれないから、本当の自分がどう感じたかはよくわからない。」などと言われたら、あなたはどうですか?

「めんどくせーやつだな」とか、「自分が面白いと思ったんだから、それで良いじゃん!」と思いませんか?

それとも「この人は真実を追究しようとしていて素晴らしい!」などと思うのでしょうか。

 

独特なスパイシーなラーメン、、、。どう独特か説明できませんが、はっきり言えることは「イマイチだった」ということです。

 

そうやって自分が感じたことまで確認したがるのは、いろんな理由があるとは思いますが、多くの場合、「正しいことをすればうまくいく」、「間違えてはいけない」という観念があるのが原因な人が多いように感じます。

そういう人は、自分が感じたことより、正しいことや間違えないことが優先のようになって、疑ってしまっているんですよね。

 

とにかく自分が何を感じようが、「イヤなものはイヤ」、「良いもの良い」で良いと思います。

ただ、どう感じようが、スムーズにいくことも、問題が生じることもあります。

問題が生じたときには、次に同じことが起こらないようにしていけば良いだけです。

そのときには、イヤなことをした方がスムーズな場合もあると思いますが、スムーズにいかせたければ、イヤでもしょうがないですね。

 

あ、そうそう、感じ方はその時々によって違いますからね。

そのときは良く感じても、次のときは悪く感じることもあります。

一定じゃないですから、コロコロ変わっても問題ないです。

「あなたはいつもコロコロ変わる!!」って指摘を受けることがあるかもですが、そのときには「そのときはそう感じたけど、今は違う」って言っとけば良いです。

 

そんなわけで、「本当の自分」って今の自分がそうですから、自分が感じたことが全てです。

ですので、自分が感じたことが正しいのかどうか、間違ってないかと追い求めたり、誰かに確認するのはやめましょ〜!!

意味ないですよ〜。

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