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私は無趣味で、毎日が常につまらないのですが、、、

 

D造
D造

D造です。

今日、ちょっと午後は時間があるので、ちょっとした用件を終わらせようと思います。

 

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私は自分では「無趣味」と思っているのですが、周囲の人には多趣味だと言われることが多いです。

熱帯魚やメダカを飼育したり、あちこち食べ歩いたり、映画を見たり、音響システム関係にこだわっていたり、こういうのをやっているので多趣味に見えるのかもしれないと思っています。

 

趣味という言葉について調べてみました。

 

【趣味】

  1. 仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。
  2. どういうものに美しさやおもしろさを感じるかという、その人の感覚のあり方。好みの傾向。
  3. 物事のもっている味わい。おもむき。情趣。

(引用:goo辞書

 

無趣味、多趣味の「趣味」は「1.仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。」に該当しますね。

前半部分と後半部分でわけて考えてみたいと思います。

 

「前半部分:仕事・職業としてでなく」について

熱帯魚、メダカを飼育しようと思ったのは、きっかけは個人的な興味ですが、飼おうと思った決定打は職場の雰囲気作りに良いし、「環境を作る」というのを経験することが仕事に役に立つかもと思ったことです。

食べ歩きもブログの写真のために食べ歩いている面もありますが、ブログの差し込み画像のためと思っている面もあります。

映画については、どれを見るか選ぶときに個人的に見たいと思ったものと、映画の説明を見て、お客さんとの話のネタになるかもと思って見るのがあります。

音響システム関係は完全に仕事用で、セッションの空き時間での気分転換とブログを書くときのBGM用に買いました。

 

「後半部分:個人が楽しみとしてしている」について

これは何とも微妙ですね。

上記の趣味らしきことは、「楽しみ」でやっていると言えば、そうとも感じるし、私の視点からすると、基本的にどれも楽しくないです。

ひょっとしたら、食べ歩きは楽しいかも、、、って感じですが、でもやっぱり、ほとんど楽しくないです。

私の趣味らしきことは、どれも楽しくてやっているのではなく、調べていたら、自分がわかっていない側面が見つかってしまって、それをわかろうと試行錯誤して、どんどんやりこんでしまっている感じです。

熱帯魚なんて、途中で、「やべーな、ここまでやって良いのかな」、「まじで辛い」ってなったこともあります。

ですので、楽しんでいるというより、私にとっては、研究、探求しているという側面が強いです。

 

少し視点を変えて、、、、。

私がやっている日々のセッションやセミナーは、お金をいただいているという側面では仕事です。

私は個人事業主ですので、イヤなことはやらなくても良いので、やっていることは自分がやろうと思ってやっていることです。

ですので、気分的には仕事をしている感じはしないように感じるときが多く、でも、たいへんなときもあり、やっぱり仕事だなって思うこともありますが、仕事でやっていることの方が、趣味のように感じることが多いです。

1年間で「間違いなく仕事しているな」と思えるのは確定申告のときで、これは間違いなく仕事としてやっていますね。

でも、やっぱり定義としては、仕事は仕事ですので、趣味ではないことになります。

 

カムジャタン!!うめーかったです。

 

いろいろ考えると、やっぱり私の視点からは無趣味ですね。

でも、他人の視点からは私は多趣味です。

実際、物事ってのは、何でもはっきりと線引きができないんですよね。

特に個人事業主になると余計に生活の全てが仕事のようでもあり、全てが好き勝手にやっていることのように感じます。

 

それに「楽しい」も楽しく感じようとすれば楽しいし、引いた目で見れば楽しくないです。

例えば、音響システムもお金を使おうとすると何百万円もかかりますが、お金をかけずにスマホでスピーカーにするだけでも音楽を聴くことはできます。

ですので、引いて見ると、お金をかけた音響システムもスマホのスピーカーも一緒と言えば一緒なんですよね。

でも、興味を持つかのように、大きくしてとらえてみると、お金をかけてもかけなくても、いろんな違いがあって、その違いを感じるところに楽しさがあったりもします。

つまり、楽しいこともつまらなくとらえることもできるし、つまらないことも楽しくとらえることができるということですよね。

 

私は毎日が常につまんないと思っています。

ホントに楽しいことなんて全くないですし、もっと言えば、私の人生は踏んだり蹴ったりな出来事以外に起こっていないようにも感じます。

でも、それじゃつまらな過ぎるから、どんなことも楽しくなるようにしようと思って、どんなことも半ば強制的に楽しんでいます。

 

仕事も「楽しい」とは書きましたが、「楽しくしてないとやってられない」という側面が強い気がします。

だって、仕事柄しょうがないことですが、1日中、お客さんの悩みを聞いているわけですから、引いた目で見ると楽しいわけがないです。

でも、お客さんの悩みをひっくり返していくと、結果として、お客さんも楽しくなったりするので、そうなると私も楽しく感じちゃうんですよね。

最近も踏んだり蹴ったりな出来事が有ったんですが、それを「お客さんの話のネタになるな」と思って、実際にネタにしていたら、お客さんも爆笑してくれるので、踏んだり蹴ったりな出来事も楽しい出来事のように錯覚してしまいます。

そんな感じで、無理にでも楽しんでいると、どんなことも楽しく感じるので、常に楽しいとも言えます。

 

でもやっぱり、どんなに楽しんでいても、「つまらない」という認識もどこかにあります。

他人からは充実して、楽しそうに見えていても、、、です。

 

そんなわけで、「目の前で起こることは全てつまらない」というのが私の視点ではありますが、それだと言い過ぎな気もするので、「目の前で起こることは、楽し側面とつまらない側面が常にある」ということです。

そして、自分がどの側面を積極的に見るかで、出来事が楽しいのかつまらないのかが決まるということですね。

高杉晋作が「面白きこともなき世を面白く」というのは、そういうことかなと思ったりもします。

 

日々が楽しくない人は強制的に楽しんでみると良いかもですね。

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