自分の都合の良いようにしか解釈ができない体験をした件

 

D造
D造

D造です。

数日前、ズボンのモモの部分がすり切れたような穴があいているのを発見し、そのズボンを捨てて新しいのを買ったのですが、そしたら、昨日、またズボンの腰のところに穴があいてしまいました。

安いズボン2本をヘビーローテーションで履いていたからかもしれませんが、1年ぐらいでダメになってしまいましたので、次はガテン系のお店で1本買ってみました。

 

メルマガサンプル
実際に配信したメルマガをご覧いただけます。 こんなメルマガが週1回届き、日々はブログ更新のお知らせメールが届きます。 営業したいことが無いので営業的なメールはほぼ送りません。

 

私は高校生までは佐賀にいまして、佐賀は当然ながら自動車がないと不便な地域です。

高校を卒業してから東京に住みまして、途中3年間は広島にいましたが、自動車を必要としない生活を送り続けてきましたので、自動車を所有したことがありません。

ですので、自動車を所有することは考えたこともなかったのですが、でも、死ぬまでには1度は所有したいとは思っていました。

 

で、自動車の試乗に行ってみました。

試乗すると営業マンにどういうときに乗るのか、何を望んでいるのかを聞かれるのですが、私の場合、自動車を所有したことがないので、聞かれてもよくわからないんですね。

なので、とりあえず乗って見ました。

そうすると乗ってみて気付いたことですが、私の頭の中にある自動車に乗るイメージが、「旅行に行く」であって、日常生活の中で使っている状況が頭に浮かばないんですね。

乗っている間、「これで高速乗ったらスゴいなぁ」とか、「これで遠出したら運転が楽だなぁ」とか、「これだと車中泊もできるから楽しいなぁ」とか、そんなのばかりなんですね。

営業マンが自宅の車庫入れにこれがあると便利だとか説明してくれるのですが、私の頭の中では、せいぜい佐賀の実家の駐車場(東京にあるような駐車場ではない)だったり、遊園地や大きな公園の広い駐車場の駐車が頭に浮かんでいるんですよね。

日常の買い物や自宅への車庫入れなどを想定しようとしても、そういう観点で自動車に乗ったことがないので、気付いたら違うことを想像しちゃっているんですよね。

私の場合、自分の生活の中で自動車が必要ではありませんのでしょうがないんですけど、今の私にはどの自動車が自分にとって良いのか判断ができないと思いました。

で、こんなことは私たちの日常でもこんな感じのことがよく起こっていますね。

 

爆盛りカレー!!激ウマです!

 

ちょっと違うケースで日常でありがちなこととしては、例えば、仕事でミスしてパニックになって、「自分は悪くない!」と思いたいような状態になって、上司に相談したとします。

そしたら、その上司がその仕事を誰が担当しているのかを確認したいと思って、「お前がやったの?」と聞いてきただけなのに、「お前が悪い!」と責められているように聞こえちゃうんですよね。

そうなってしまうと、上司が問題解決しようとアドバイスしてくれていたとしても、自分の頭の中では、責められているようにしか聞こえなくなってしまうんですね。

 

こんな感じで、私たちは、相手が何を言おうとしているかを理解しているつもりで、実は、自分の頭の中では自分の都合の良いように変換して解釈してしまっているんですよね。

で、自分の都合の良いように変換してしまうそれが、エゴの仕業ですよね。

エゴというのは過去の経験則ですから、自分の経験と照らし合わせて解釈してしまうということですね。

エゴで解釈している間は相手が言っていることを理解できません。

ですので、エゴを下げる、つまり落ち着くことから始めないと、会話が成立しないんですよね。

 

私の上記の自動車の例で言えば、実際に自動車が必要な状況になって、どう必要なのかがはっきりして、そして、駐車場を借りる場所がある程度わかったり、もっと具体的になれば、冷静な判断ができるのではないかと思います。

ですので、そうなるまで待つしかないですね。

 

そんなわけで、自動車の試乗は楽しかったです。。。

コメント

タイトルとURLをコピーしました