人間関係で悩む人は○○次第ってのを忘れていることが多い件

 

D造
D造

D造です。

体調は戻ってきましたが、感覚だとか、いろんなものが激変過ぎて、日常生活の中でビックリすることが多く、今、いろいろ日常の中で発見している感じです。

報告する機会があるのかわかりませんが、この話はそのうちします。

 

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人間関係で悩む人が多いように感じるのですが、そういう人は大概が「相手が悪い」と言います。

「相手が悪い」と思っている人の話を聞くと、当然ながら、良く言うわけがありませんから、話を聞く限り、その相手というのは「性格が悪い」ですね。

ただ、「性格が悪い」もその人の解釈からの話が元になっているのであって、解釈する人の被害妄想が強かったり、性格が悪ければ、その解釈が間違っている可能性もあり、相手の性格がホントに悪いかどうかは、一方の話しか聞いていない以上、実際のところはわかりません。

 

私たちは自分が「困っていること」や「できないこと」をやってもらえると、相手に対して、感謝の気持ちを持ち、良い人と評価します。

逆に自分が不快になったり、邪魔になるようなことをされると、相手に対して嫌悪感を抱き、イヤな人と評価します。

相手の評価というのは、これだけのことで、あくまで自分の主観で決めてしまっていることがほとんどです。

ですので、自分の物の見方が屈折していると、相手が助けてくれていて本来は感謝の気持ちを持つべきところなのに、相手が自分を邪魔しているように感じてしまえば、相手はイヤな人として評価します。

これが上記の「一方の話だけではよくわからない」ということですね。

 

また、お客さんにお子さんをお持ちの方が多いのですが、お子さんの相談を受けるときは、「うちの子は、、、」とダメな評価をおっしゃいます。

そういう場合、ほぼ間違いなく、それを言っている親がダメです。

第三者目線で話を聞いていると、お子さんは単純に親の真似をしっかりやっているだけで「素直」なんですよ。

ですので、何の問題もないんですね。

問題があるとすれば、自分のことを棚に上げて、同じことをしているお客さん側(親)ですね。

 

で、自分のことを棚に上げて、他人のマイナス部分ばかりを見て、イヤな人と評価している人はホントに多いです。

恐らく、世の中の80~90%の人が大なり小なりそうなんじゃないかと思います。

これは私もそうなってしまうので、ホントに気をつけています。

 

良好な人間関係を築きたければ、相手が喜ぶようなことを自分がすれば良いだけです。

相手の性格が悪いと思っていても、その相手と良好な関係を築きたければ、性格の悪い相手が喜ぶようなことをすれば、良い人だと思ってくれます。

ただ、それだけです。

 

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ですが、現実問題として、相手が喜ぶことをしやすい人と、しにくい人がいます。

上記のように他人の好意を認識できない人が時々いますので、そういう人が喜ぶことをするのは難易度が高いです。

そうなると、良好な人間関係になったことで得られる価値と、そうなるまでの労力が見合うかどうかの判断が大切になりますね。

見合う場合には頑張れば良いですが、見合わない場合は諦めた方が早いように感じます。

私もここはよく考えていまして、これは私の持論ですが、「大概の場合、見合わない」と思っていて、時々「見合う」と判断できる出会いがありますので、そういう場合はホントに貴重な出会いのように感じます。

 

ただ、「人間関係で悩む」のはちょっとズレていると思います。

自分が相手と良好な関係を望むのであれば、繰り返しますが、相手が仲良くしたくなるようなことを自分がすれば良いだけです。

いくらやっても良好な関係にならないとするなら、それは「自分がそうする能力が足りない」か、「人選を間違えている」かのどちらかです。

どちらにしても自分の対応ができていないということですから、「人間関係で悩む」なら、自分の対応のできなさを悩むべきじゃないかと思います。

 

パワハラ上司などの場合、これは不運です。

でも、そのパワハラ上司でさえも、パワハラ上司が喜ぶようなことをすれば良好な関係が築けます。

そのパワハラ上司が屈折していて、他人の好意を認識できないというなら、それはそんな上司を出世させた会社に問題があるということになりますね。

そうなると、「自分がそんな会社を選んでしまったのが失敗だった」ということで、自分が選択ミスをしていることになります。

ただ、多くの場合、ホントに自分が会社にとって必要とされる人材であるなら、つまり、日頃から、会社にとってプラスになるような働きをしているなら、他の人に言えば助けてもらえるはずです。

助けて貰えないなら、自分の働きが足りないか、自分がそういう会社を選んだ選択ミスということですね。

 

パワハラ上司を受け入れろとか、パワハラ上司がやることを認めているわけではないです。

そういう人はあちこちにいるし、そういう人は変わらないので、「相手が悪い」と言っていてもしょうがないというだけです。

運が悪かったと思って、自分を変えていった方が早い、つまり、どこまでも「自分次第」ということですね。

私も「おい!てめー!」って、「自分次第」であることを忘れてしまいがちですので、気をつけています。

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