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テストで100点取ったら「わかった」と言えるのか、、、

 

D造
D造

D造です。

昨日は暑かったですねぇ~。

今朝はかなり涼しくなっています。

昨晩暑かったので窓開けて寝たのですが、今朝は少し寒かったです。

 

 

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例えば、数学のテストで50点取りました。

この点数で「わかった」と言えますか?

 

恐らく、多くの人が「わかったとは言えない」と判断するんじゃないかと思います。

としたら、じゃあ、何点取ったら「わかった」ことになるんでしょうかね。

 

80点でしょうか。

90点でしょうか。

100点取れたとしたら、それは全問正解したということになります。

そうなると「わかった」と言えるんでしょうかね。

 

100点取れば、そのテストの問題に限っては「わかった」とは言えそうですね。

だけど、別の問題だったら、70点になってしまうかもしれません。

ですので、100点取ったとしても、「わかった」とは言いにくい気がします。

 

例えば、私は前進ガバイ呼吸法を教えているわけですが、未だに新しい発見をすることが多いです。

呼吸について、「わかった」とは言えないです。

ですので、私の呼吸に対して理解というのは、「一般の人よりも呼吸についてはわかっている」としか言えないです。

 

ただ、もう少しつっこんで考えると、「一般の人よりも呼吸についてはわかっている」というのも怪しいですね。

なぜそう言えるのか、その根拠が示せません。

お客さんと話をしていて、私より呼吸についてわかっていると思える人には出会っていないのですが、それは私がわかっている部分において、私が詳しいだけで、それ以外の私がよくわかっていない部分に関しては、お客さんの方が詳しい可能性もあるんですよね。

わかった!とはっきり言えることは、「呼吸はよくわからない」というのがよくわかったというのは言えます。

 

カニミソクリームパスタに目玉焼きのせ。これは神食ですね。

 

先日、前進ガバイ塾で瞑想をやったのですが、そうすると瞑想が「わかったような気分になった人」と「よくわからなかったという人」がいました。

「瞑想とは何か」の定義にもよりますが、はっきりしていることは、前進ガバイ塾でやった瞑想は1つの形に過ぎないということですね。

一部分ということです。

で、その一部分を体験して、「わかった!これが瞑想か!」というのは早合点になります。

 

これは前進ガバイ塾に限らず、どんな瞑想法でも一部分だと思います。

ひょっとしたら、究極の瞑想法というのがあって、それをやれば瞑想の全てがわかるような、方法があるのかもしれません。

だけど、そうだったとしても、「1つの方法で全てがわかる」というのは、無理な気がします。

 

もうちょっと行きます。

 

例えば、水道の蛇口をひねると水が出ます。

こんなことは、「当たり前」、つまり「わかっていること」ですね。

ですが、水道管が壊れて、水が出ないこともあります。

そうなると「水道の蛇口をひねると水が出る」ということは、「水道の蛇口をひねると水が出る可能性が極めて高いが、出ない可能性もある」ということで、「当たり前」とは言いにくいことなんです。

 

何でも本当は「よくわからない」なんですよ。

「わかった」と思ったとしても、それは必ず極一部なんですよ。

ですので、「わかった」と言う人は、わかっていない人なんですよ。

 

言いたいことは、「謙虚な姿勢が大切だ」と言いたいわけではありません。

「わかった」と判断するのは単なる思い込み、早合点の可能性が高いということです。

また、先日の「自信を持った人は危険人物!自信は事故の元!」の記事にも書きましたが、「わかった」としてしまうと、事故が増えるということでもあります。

 

そんなわけで、「わかった」には気をつけましょう~!!

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