感覚や思考力というのは、スマートフォンに置き換えて言えば、、、

 

D造
D造

D造です。

昨日、ウォータースライダーがあるプールへ行きましたら、ビキニギャルがまぁまぁいらっしゃいました。

ビキニギャルと体を鍛えてるヤローは、オラついているというか、自意識過剰感を感じるのですが、やっぱりわざわざ晒すあたり、お披露目したいんでしょうかね。

お披露目したいということは見て欲しいんでしょうから、私も凝視しようかと思うのですが、プールのときはメガネをはずしているので、大して見えません。

それは良いとして、この炎天下を考えると、お披露目するよりも、ラッシュガードもしくはTシャツを着た方が良いんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか?

 

 

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会話をしていて、「わかった」と相手が理解を示す返事をしていても、わかっていない感じがすることってあると思います。

また、相手が笑顔なんだけど、笑っていない感じがすることもあると思います。

他にも「ありがとう」って言っているのに、何か仕返しが来るんじゃないかと感じる事があったり、、、。

 

これは相手の態度とその人が発している雰囲気のズレを感じ取って、そのように解釈しているわけです。

その発する雰囲気を作っている何かを「波動」とか「エネルギー」と呼んでいたりします。

そして、これらの波動やエネルギーを感じ取る能力を「感覚」と言っています。

 

古くからあるモールス信号の場合はトンツーによる情報交換になり、20年ぐらい前に使われていたポケットベルの場合は、短い文字情報しかやりとりできません。

最近のスマートフォンは電波によって、得た情報を音声や写真、動画に変換し、電話通話の場合はスピーカーから発し、またマイクから受信した音声を電波に変換して、発信します。

 

「感覚」というのは、スマートフォンで言えば、電波の受信感度のようなものです。

「感覚が悪い」ということは、「電波の受信感度が悪い」ということです。

電波の受信感度が悪かったら、限られた場所でしか、インターネット通信や通話ができず、また通話ができても、途切れ途切れになったり、話がしにくくなります。

 

スマートフォンは以前の通信端末より、たくさんの情報を得ることができ(感度が上がっている)、たくさんの情報処理ができる(=処理能力が高い)ということになります。

私たちも肉体を通じて何らかの情報を得て、その情報を音声に変換して会話をしたり、味覚情報に変換して味わったり、何かしら行動をしています。

で、この情報処理能力を「思考力」と言っています。

 

もしスマートフォンがポケベル並みの情報処理能力しかなかったとしたら、動画情報などを得ていたとしても、10文字程度の文字を出すぐらいしかできません。

ですので、私たちも感覚が良かったとしても、それを情報処理できない、つまり得た情報を処理するだけの思考力がなかったとしたら、結局は感覚がないに等しいことになります。

 

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例えば、筆記テストの問題を解くとします。

この場合、頭で情報処理をするだけになります。

ですが、「治療施術をする」、「料理をする」、「スポーツをする」という場合、頭で考えるだけでなく、動作の処理も必要になります。

ですので、テストの問題を解くより、施術、料理、スポーツの方が感覚と思考力を求められるということになります。

一流のスポーツ選手だったり、一流の職人さんは賢かったりしますよね。

 

腕の良い料理人はレシピなんて知らなくても、味わっただけでおいしい料理が作れたりします。

それは味から、どうやったらその味になるのかを分析する力があって、そして、適正な材料の見極めができ、料理をする腕があるということです。

味わっただけで、たくさんの情報を得ることができ(=感覚が良い)、適正に情報処理をする力(=思考力)があるということです。

つまり、腕の良い料理人、治療家、職人というのは、たくさんの治療法、レシピなどのマニュアルを知っているということではなく、感覚、思考力、そして、それらの能力を活用してきた経験によって決まるということになりますね。

逆に言えば、腕を上げるには感覚、思考力が低いと、いくらマニュアルを教わっても無駄だということになります。

 

これは会社なんかでもそうで、仕事をすぐに覚えて、何でもうまくやってしまう人とそうではない人がいます。

これもその人が持つ、感覚と思考力によって決まるということですね。

ですので、教わらないとできない人というのは、感覚と思考力が低いから、マニュアルに書いてある程度の情報処理しかできないということになります。

また、日常生活の中で「悩む」のは、情報処理ができていなくて、起こっている現象に対して、適正な対応ができていないということになり、起こっている問題に対処するだけの思考力がないということですね

 

「感覚がない」ということは得ている情報がないということです。

得ている情報がないと、処理しようがありません。

ですので、感覚がない人は、まずは感覚を上げるところからのスタートとなります。

そして、感覚がいくらかでも上がって、情報を得られるようになったら、次は感覚によって得た情報の情報処理能力、つまり思考力を上げることが大切になるということですね。

コメント

  1. いつもお世話になっております。

    今日の記事は特に、ブックマークしていつでも読めるようにしておきたいなと思いました!(^^)

    • ブレンディさん

      いつもありがとうございます。
      実はいつも言ってることを違う角度からまとめただけだったりもするのですが、表現が変わるとわかりやすかったりしますね。