過去のイヤな出来事、思い出に縛られている人に理解しといてもらいたいこと

 

D造
D造

D造です。

エビとメダカの移動作業がほぼ完了しました。

「ほぼ完了」という言い方になるのは、エビを全部移動させたと思っても、あとからあとから隠れたエビが出てくるんですよ。

サクラエビは何十匹もほおばって食べるのに、水槽のエビは一匹たりとも死なせたくないという矛盾を感じながら作業している次第です。

 

 

メルマガサンプル
実際に配信したメルマガをご覧いただけます。 こんなメルマガが週1回届き、日々はブログ更新のお知らせメールが届きます。 営業したいことが無いので営業的なメールはほぼ送りません。

 

「あのとき、私はたいへんな目に遭った、許せない」とか、「あのときのおかげで今がある」など、過去の出来事をイヤな出来事と解釈したり、現状を過去のおかげと解釈したり、解釈の仕方はいろいろあります。

 

例えば、ある男性が青信号で横断歩道を渡っていたら、脇見運転をしていた自動車にひかれて、入院することになったとします。

これだけ見れば、「不幸な出来事だ」みたいな解釈になる場合が多いと思います。

ですが、入院した先で、素敵な看護士と出会い結婚したとなれば、交通事故に遭わなかったら、結婚はなかったわけですから、「交通事故のおかげで結婚できて、俺はなんてラッキーなんだ」と解釈になるんじゃないでしょうか。

 

こんな感じで、過去の出来事を思い出したときの状態が満足した状態のときは、過去の経験をありがたく感じ、つまり「あのおかげで今がある」と解釈するんじゃないでしょうか。

逆に、不満足な状態のときは、イヤな過去として解釈しがちですよね。

 

私も社会人2年目ぐらいだったか、過去に営業の仕事をして、夕方から明け方まで、机を蹴られたり、熱いお茶を顔にかけられたり、怒鳴られ、脅された経験があります。

結局、この出来事は変な終わり方になって、何事もなかったかのように終わったんですが、そのときは「人生が終わったかな」と思いました。

でも、こういうトラブル?ラッキーな出来事?のおかげでビジネスの交渉に慎重になりましたし、強くなりました。

ですので、今は良い経験だったと思っています。

 

一口目だけは最高においしかった!!

 

お客さんの話を聞いていると、誰がどう見ても、ホントにラッキーな出来事なのに、なぜか悪い方に解釈する方もいます。

また、楽しい経験をして、そのときは楽しかったと言っていたのに、そのあとにいろいろ考えすぎて、イヤな経験に解釈がすり替わる方もいます。

そういう人は何が起こっても、常に「イヤな出来事ばかり」になります。

そういう方は現状に満足していないんですよね。

 

起きたことが良い出来事なのか、悪い出来事なのか、その解釈は解釈した人の基準で決まります。

で、その基準というのは、実は一定ではなくて、そのときの気分で変わります。

そうやってそのときの気分で変わる解釈にいつまでも囚われてしまうというのは勿体ない気がします。

かと言って、ポジティブシンキングで、無理矢理にポジティブに解釈したり、つるピカ大先生のように「俺サイコー!」と叫んで、とりあえず興奮するのも違うと思います。

 

で、言いたいこととしては、「こう変えた方が良いよ!」みたいなものはありません。

ただ、自分が不幸だと思っていることも、また、良かったと思っていることも、それはそのときの解釈であって、それが正しい解釈かどうかはわからないということです。

かと言って、解釈を無理に変える必要はないと思います。

「解釈なんていい加減なもんだ」、「自分のそのときの気分によって変わる」ってわかっていれば良いです。

 

そんなわけで、過去にイヤなことがあったからと縛られている人は、まずは上記を理解して、下記の曲をイヤな気分のときに思い出してもらえたらと思います。

 

魔王/シューベルト『日本語版』