「褒められたい」と望むのは当たり前?

 

D造
D造

D造です。

今朝、タクシーが全く捕まらず困っていたのですが、状態を鬼型人間に変えましたら、すぐにタクシーが止まりました。

鬼パワー恐るべし!ですね。

 

 

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以前、4~5人ぐらいのグループセッションの新規募集をしていました。

運用が難しくて、募集をやめてしまったのですが、以前からのお客さんがまだ残ってらっしゃいますので、グループセッション自体はやっています。

で、昨日はそのグループセッションだったんですが、そのセッションの中で下記の質問をしました。

 

褒められたいですか?

 

あなたはどうですか?

 

「褒められるとうれしい」とか、「褒めて欲しい」とか、褒められることを望む方が多いですね。

また、「褒めた方が人が育つ」みたいなことを言う人も多いですね。

 

で、昨日は4人のお客さんがいらっしゃったのですが、こんな回答でした。

 

褒められたい:1人

褒められると気持ち悪い:1人

褒められたいとは思わない(どうでも良い):2人

 

「褒められたい」という気持ちは、「自分には可能性があって、その可能性を人に認められたい」みたいな観念から生まれているんですね。

ですから、「自分はできる!」、「自分は特別だ!」って思っている人に、褒められたいと思う人が多いです。

 

で、「褒められると気持ち悪い」についてですが、、、。

これは「褒められたいとは思わない」の部類に入りそうですが、実は「褒めて欲しい」に入ります。

「褒められると気持ち悪い」というのは、「あんたに何がわかるの?」っていう反発だったり、「褒める=他人に媚びる」みたいな印象があって、褒める人が他人にすり寄っているように感じてしまって、そう思うんじゃないかと思います。

これは詳しく話を聞いてみないとわからないんですけどね。

いずれにしても、ホントにどうでも良ければ、「気持ち悪い!」とさえも思わないはずなんですね。

ですから、褒められることを意識している状態ですので、「褒められたい」と思っているのと似たようなものです。

 

未だにおいしい塩ラーメンに出くわさない、、、

 

逆に自分の限界を認めている人、つまり「自分は何でもできるわけではなく、できないこともたくさんある」と認めている人は、褒められたとしても、「いやいや、できないところもたくさんあるからね」と思ってしまって、そんなにうれしくなかったりします。

そんな感じですから、「褒められたいとは思わない」というか、褒められることがどうでも良くなります。

ですから、「いいですね、できてますよ!」って褒めると、「あ、そうですか」と淡々とした返事が返ってきます。

また、否定されたり、できていないことを指摘されても、ショックを受けません。

自分にはできないことがたくさんあるとわかっているから、「やっぱりそうですよね、知ってます」みたいな反応になります。

ですから、こういう人は褒めてもあまり意味が無いですね。

 

こうなると、「褒められたいと思うのは良くない!」みたいに思って、強引になんとかしようとする人が出てくるのですが、褒められることがどうこうより、「自分には可能性があって、その可能性を人に認められたい」という観念の解消がポイントです。

この観念を飛ばすには、自分の限界を知るのが一番です。

限界を知るには、そのまま知るか、圧倒的努力をしてやりきってしまうかですね。

 

で、「認めれたい!」って人と、「どうでも良い」って人の違いは、いろんなことを経験して、やりきった経験を持っていたり、人生のどん底を味わって乗り越えた人か、そうではないかの違いです。

ですから、「褒められたい」と思っている人は、いろんなことをやりきっていない、中途半端ということですね。

他人の評価を気にしている人も同様ですね。

 

ってことで、「褒められたい」と思っている人は、誰もがびっくりするぐらい働いたり、「褒めれたい」と考える暇もないぐらい圧倒的努力をして、やりきると良いと思いますよ~。

 

そんなわけで、私はメダカの飼育をやりきります!!