「自分を知る」とは何か的な話

D造です。

昨日、メガネのレンズを変えましたら、左右バランスが変わって、歩くときはまだフラフラした感じはありますが、PCモニターを見るときは格段に楽になりました。

よかったです。

 

【受付終了】ほふく前進ガバイ塾の「ただ押す」体験会を追加開催します!
先日開催しましたほふく前進ガバイ塾の「ただ押す」体験会を6月16日(土)に追加開催いたします。5月18日(金)と19日(土)と体験会を開催しましたが、参加してくださった方は感覚が良い方ばかりでした。そのために当初予定していた内容が半分ぐらい

 

私は昔から態度と頭はでかいと言われてきました。

ですが、実は足もでかいです。

靴のサイズは29~30cmです。

 

私は「態度がでかい」と言われますが、自分の何がそう見せているのかがわかりません。

ただ、一つハッキリしているのは、目上だろうが、子どもだろうが、態度は変えないということです。

ですので、私は目上だろうが、どっかの偉い社長さんだろうが、媚びたようなヘコヘコした態度を取らないので、そういうのが「態度がでかい」と映っているのかなぁと思っています。

 

私は態度はでかいのですが、偉そうにしたり、上から目線で物を言うことはありません。

人と話をしていて、自分ができたとしても、できないふりをしていたり、わかっていてもわからないふりをしていることが多いです。

自分を見せつけても意味が無い感じがするので、自分がわざわざ出すようなことはしないです。

これは25才のときから気をつけています。

 

以前にも何度か書いているのですが、私は新入社員で広島に行き、いろんな状況が重なって、広島の蒼々たる企業のお偉いさんたちと24才にして飲みに行ったりしていました。

そして、大手企業とベンチャー企業だったり、専門学校や大学と企業を繋いだり、そういう比較的大きなことをしていました。

ですので、広島に3年いたんですが、最後の1年(社会人3年目)はそんなに営業しなくても、仕事が勝手に来るような状態でした。

で、社会人4年目で東京本社に転勤になったんですが、そしたら、広島でお付き合いしてくださっていた方々が、上京されるときは飲みに誘ってもらったりして、お高いお店に連れて行ってもらっていました。

 

そして、私は4年の夏に会社を辞めて、パチンコ業界で働きました。

そしたら、それまで電話に出てくれていた方々が電話に出てくれなくなりました。

そのときはそれがどういう意味なのかわかりませんでした。

 

で、ある社長にある人を紹介したことがありました。

話は不成立になり、お店を出てから、その社長に「徳永君、5分だけ良い?」って呼び止められて、紹介した人に先に帰ってもらいました。

そしたら、ちょうど表参道のめちゃくちゃ人が歩いている道沿いで、

 

そんな詐欺みたいな話を持ってくるな!!

そんなことも判断できないのか!

態度だけがエリートで、何もわかってないんだな!!

 

と、もの凄い剣幕で怒鳴られました。

 

700円のココア、うまいけど高い!

 

それまで冗談ばかり言っている社長さんだったんで、私はビックリしたんですが、そのときに下記のように思いました。

 

これまで付き合ってくださっていた人たちは勤めていた会社の情報、看板と付き合ってくれていただけで、そんなことも知らずに、自分の実力だと勘違いして、いい気になっていただけ

 

ホント、このときに広島の方々が電話に出てくれなくなった意味がわかりました。

広島でやっていたことは、会社だったり、いろんな人のおかげで、たまたまそうできていただけだったんですね。

また、大学に行けたり、それなりの生活ができていたのも両親のおかげだったんですよ。

それなのに、いい気になっていた自分が恥ずかしくなりまして、上記の社長に怒鳴られてから、しばらくは、これまで出会った人と道行く人々にお詫びをしたくなるような気分で過ごしていました。

それから、ネット通販立ち上げてそれなりの形になっても、「スタッフがいたからできただけ」みたいな感じで、自分の功績のように感じなくなったというか、自分の功績や実績に興味がなくなってしまったんです。

 

私は現在、感覚脳がどうだとか教えているわけですが、その部分では世間の人より遙かにできる部分があるわけです。

で、それを人に教えているわけですから、当然ながら、自分はできて、お客さんはできないわけですから、自分の能力の優位さを感じることが多い状況なわけです。

ですが、上記にも書いたように、そういう能力は「親だったり出会ってきた人がたまたま良かっただけ」みたいな感じで興味がないというか、「自分の能力は、人に与えてもらって一時的に使わせてもらっているだけ」な感じがしています。

ですので、「俺スゲー!」とか、「俺は特別だよ」と思うことがありませんし、自分ができること、わかっていることを人に見せる気にもなりません。

 

というか、こうやって書くことが、自分が良い気になっている気がしてイヤですね。

 

で、何が言いたいのか、、、。

 

先日の「人間関係でもめたり、同じミスを繰り返しちゃったり、思うように生きられないのはなぜか的な話」の記事で、被害者意識を持っている人は、「同じミスを繰り返したり、人ともめるようなことが多い」と書きました。

で、そういう人は同時に自分が優位であることを見せつけようとしたり自分が優位であることがわかると途端に見下すような態度を取ったりします。

「褒められたい」と思っている人は、自分の優位さを見せつけたいという意志の表れです。

気をつけた方が良いです。

私も自分がそうしていないか、いつもチェックしています。

 

上記に書いた私の経験、意識状態の話を「そういう考え方ね」みたいな思考法とか、テクニックのような捉え方になっている人は言いたいことがわかっていないです。

「だよね」とか「ある!ある!」って捉えている人はわかっていると思います。

 

で、私がこの記事で言いたいことは、生死に関わるような大病を患ったり、大失敗をして挫折したり、そういうのを経験するとわかると思います。

逆にそういう経験がない人はわからないと思います。

で、大失敗しているのに、それでも被害者意識を炸裂させている人は気付かないです。

日々の生活で家庭や職場でイヤな想いをしている人は、それが大失敗の状態ですよ。

被害者意識を炸裂させて、人のせいにしたり、言い訳するのをやめて、気付けるかどうかですね。