肉体的反応の束縛について(スピ的な悟りとは何か的な話の続き)

D造です。

今日はヘビーな一日になりそうです、、、。

 

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昨日、「スピリチュアル界隈で言われるところの悟りとは何か的な話」な話を書きましたが、その続きみたいな話を書きます。

 

私が前職を辞めたのが、4年前の2013年4月末で、開業したのが6月です。

ですから、間もなく開業して4年になります。

私はイベントごとが好きじゃないので、○周年記念イベント的なものはしません。

 

それは良いとして、私は独立する前に、開業後、収入がなくても6ヶ月ぐらいは生活できるぐらいのお金を用意して辞めました。

というか、前職の会社の株式だったり、他にも知人の会社に出資していたので、それらの会社の株式を買い取ってもらうことも当てにしての話でした。

ところが、開業してすぐに突然離婚の話が前に進み始めて、かなりのお金が必要になり、また、株式については相手の社長に突然せこいことを言われて、100万円分ぐらいの株式が5円になってしまったりで、大して儲かってないのに、2ヶ月ぐらいで資金不足になることがわかったんですね。

 

で、お金の心配は精神的負担が大きいと思うのですが、私も本当に苦しかったです。

開業したときは呼吸法の先生と共同経営みたいな感じでスタートしたんですが、資金を何とかしないといけないと思って、いろいろ画策したんですが、先生もトンチンカンなことしか言わないし、思うようにならなかったので、自分1人でやることにしたんですね。

そして、1人でやることにしたら、お客さんが一気に増えて、数ヶ月耐えれば、計算上は資金が回転し始めることがわかり、ある意味で心配は無くなったんです。

 

ところが、ふとしたときに、「そうは言っても、お客さんが来なかったらどうしよう、、、」とか、お金の心配が起こってくるんですよね。

そしたら、あまりに心配し過ぎて、胸が痛くなってきたんです。

で、どう考えても心配がないはずなのに苦しいわけで、なんだかおかしいと思って目黒川を眺めながら、自分を観察していたら、胸にある肉体的苦しさを「不安感」として勘違いしてるんじゃないかと思ったんです。

 

さらにお金の心配が起こるパターンがあることに気付いたんですね。

ちょうど月の15日から1週間ぐらいが苦しいんですよ。

で、前職で管理部にいたので、毎月20日ごろに社長に資金繰りの話をすることにしていたので、15日ぐらいから会社のお金の計算をすることを何年もやっていたので、そのクセでお金の心配をしてるんじゃないかと思ったんです。

 

この食べ物はぱっと見何かわかりませんよね。おいしかったですよ。

 

そんなことから、自分が感じてる不安感は、全てが錯覚であることが論理的にはわかったんですが、論理的にわかっても不安を拭い去ることができなかったんで、論理的理解だけではダメだと思いました。

であればと、胸の苦しさを取っ払ってしまおうと、それを呼吸法でなんとかできないかと、いろいろ試してみたんですね。

そしたら、胸の苦しさがうまく取れて、不安感が無くなっていったんです。

 

ところが、肉体にクセが残っていて、時間が経ってくると、胸に苦しさが出てきて、その度にお金の不安が出てくるんですね。

そうなったら、また呼吸法をやって取ることを繰り返したんです。

それを数週間繰り返していたら、胸の苦しさが起こらなくなって、同時にお金の心配が起こらなくなったんです。

いや、起こらなくなったというより、心配はしてるんですけど、心配に囚われたような状態にならなくなったという感じでした。

 

そしたら、今度はイライラしたときに、へその上あたりに肉体的な違和感が出ていることに気付いて、それを呼吸法で何とかして、また今度は変に興奮したときにも肉体的に違和感が起こってたりするので、それを取り除いて、感情が動く度に身体に起こる違和感を呼吸法を使って何とかしていったんです。

そうしていたら、ドンドン身体が楽になるし、不安感だったり、感情が大きく揺さぶられなくなりました。

まぁ、文字で書いてしまえば、さらっとした感じだったんですが、実際はお金の心配が起こって押しつぶされそうになるわけですから、そのときに「クッソー!負けてたまるか!!」って気持ちを起こして、意地で呼吸法をしていましたから、執念でなんとかした感じです。

 

こういう経験から、「意識の解放」には、身体に起こる反応から解放されないと、無理だってことがわかったんです。

 

で、これを私のお客さんにもできるようになってもらいたいのですが、「意識の軸」みたいなものが無いと感情に飲まれてしまうんです。

川で例えると、川に杭が刺さってて、その杭に身体をひもで結びつけておけば、川に流されずに済みますね。

その杭に自分を結びつけた状態が「意識の軸がある」状態で、濁流が感情みたいなもので、杭に繋がっていない人は、濁流が来るたびに流されてしまって、踏ん張りようが無いなんです。

だから、まずは杭に自分を結びつける、つまり意識の軸みたいなものを持つことが最初で、意識の軸が持てれば感情が起こっても飲まれずにすみ、そして、肉体的なクセを解放できるようになっていきます。

 

で、私たちは肉体的なクセに縛られたようになっているので、昨日の記事では、「肉体的反応の束縛」という言い方をしています。

ですから、お客さんの中で、「意識の軸」が持てるようになってきて、肉体的反応に囚われなくなる人が出てきて、次の段階の「常識的な思い込みからの解放」をするべき人が出てきたということですね。