学校で教えてる道徳が文科省もデタラメだとわかってて教えているという記事を読んだけど、その記事もデタラメかもしれないと連鎖が続く

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D造です。

最近、ようやくストレッチの気持ち良さがわかってきました。

これまではただ痛かっただけですが、ここ最近はコリを伸ばすような気持ち良さを感じています。

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昨日、下記のような記事がFacebookでシェアされていました。

○それは偽りの伝統 教材に残り続ける「江戸しぐさ」 @BuzzFeed

学校の道徳の授業で「江戸しぐさ」というのを教えているらしいのですが、その「江戸しぐさ」はデタラメなんだそうです。

学校で「江戸しぐさ」を教わった子どもたちはそれがデタラメだとは知らずに大人になっていくんです。

学校の先生も文科省から与えられた教材を使って授業しているだけで、先生たちもその内容が正しいかどうかを検証することもできないでしょうから、先生たちを責めても意味がありません。

そう考えると、私たちが学校で教わって「当たり前」だと思ってることがデタラメである可能性もありますよ。

恐ろしいですね。

デタラメと言えば、数ヶ月前の話ですが、今回就任したトランプ大統領の選挙のときに、私はたままたアメリカでの生活経験がある人とアメリカに住んでいるお客さんから現地の話を聞いたんですが、テレビやニュースで言われている選挙の話と、現地の方の話が全く違うんですよ。

で、こんな話は珍しくなくて、私のここ最近の実感としては、メディアで騒がれていることの反対が正しい傾向にある気がするくらいです。

また、私の身近なところで言えば、とある大先生が「俺にはモテ期が来て、最近3人の女性に告白されてる」なんておっしゃっていたことがあって、そのうちの1人の女性が知人だったので確認してみたら、「そんなことあるわけないよ!気持ち悪い!」って言ってました。

あ、いきなりスケールの小さい話を放り込んでしまいました、失礼しました、、、。

で、上記のように一部の人の都合によって生まれたデタラメもありますが、科学や医学も日々研究され、新発見されることで、これまで正しいとされていたことが覆ることだってあります。

そうなると、過去の科学はデタラメだったということになります。

こうやって考えていくと、この世の中、デタラメばかりですよ。

「100%正しい」と鵜呑みにしてしまうのは危険ですよね。

久しぶりに家系ラーメン食べました!時々食べるとおいしいですね。

最近、私の記憶していることもデタラメなんじゃないかと思うことがあります。

例えば、私が「法政大学を卒業した」というのは卒業証書があるから良いんですが、中学生のときに3000m走で佐賀の県大会で優勝したことについては、そのときの賞状は残ってないと思うので、私や私の家族と陸上部のメンバーの記憶にしかないんですよ。

さらに言えば、私がこのブログの記事で書いてる父の話なんて、父が私に言ったことを覚えてなかったりして、そうなると私が記憶しているだけなんですよね。

また、私が社会人になったばかりの頃、とある会社の社長に脅され、いろんな人を巻き込む形で、たいへんな目に遭ったことがあるのですが、5年ぐらい前にその会社のお店だと知らずに食事していたら、偶然その社長に出会ってしまって、そしたら、最高の笑顔で、「徳永さん、会いたかったよ~」なんて、握手を求められ、そして、サービスしてくれたんですよね。

その姿を見て、あのたいへんな体験は私の妄想だったんじゃ無いかと、変な気分になりました。

で、記憶なんてのは、単なるそのときの解釈から生まれた感情の余韻みたいなものですから、その場に複数の人が関わって同時に同じ体験をしていたとしても、解釈の仕方は人それぞれですから、自分が都合良く解釈して、記憶しているだけかもしれません。

そうやって考えると、過去の記憶も「デタラメ」なんじゃないかと思うことがあります。

ですから、ブログで自分の体験を書くのが怖いです。

こうやって考えると、全てが何が本当で嘘かがわかりません。

嘘やデタラメだと判断するには、「正しいこと」を知ってないといけないのですが、自分の記憶でさえも曖昧だし、「正しい」と思ってることが新発見で変化したり、思い込みや勘違いの可能性があります。

ですから、どんな情報は疑ってみておかないといけませんね。

で、どんな情報を疑ってみるとなると、上記の記事も嘘かもしれないと疑う必要があり、また、こうやって私が書いてるこの記事も疑っておくことになります。

そうやって考えていくとわけがわからなくなりますね。

「全てを疑う」というのは、別の言い方をすると、

100%正しいと思わない

鵜呑みにしない

と言い換えることもできると思います。

ですから、現実をしっかりと生きていくには、外の情報も自分が正しいと思っていることも鵜呑みにしないような姿勢をキープして、都度都度、自分で確認して、考えて、検証していくような慎重な姿勢が大切になりますね。

そして、同時に他人に対して、「私が正しい!」と主張するのはやめといた方が良さそうですね。

恥ずかしいことになりますね。

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コメント

  1. 通りすがりの熟女 より:

    D造さん、こんばんは|ω・)ノ

    私にも記憶の相違体験あります(汗)
    高校生の時の記憶が、同級生と全くちがくて、彼女は私の記憶を全否定するんです。凄く自信満々に(笑)

    なので、私の記憶がおかしいのか?と、真剣に考えたことがあります。

    結論として私と友人は同じ場に居たけれど、見ている世界がちがかった…ある意味パラレルワールドみたいな感じかなと結論づけました(笑)だって、私はハッキリ覚えてるから(๑•́ ₃ •̀๑)

    マスコミは都合の悪いことは報道しない自由を行使しますからね。恐ろしいものです。私はここ何年かテレビは見ていません(笑)自分成りに調べてみるようになりました。ひとつの記事に対して、複数の記事等読みます←ネットでね(♡˙︶˙♡)

    テレビの情報丸飲みは危険ですね〜

    今日も鋭い記事有難うございます!

    • D造 より:

      通りすがりの熟女様

      コメントありがとうございます。
      おっしゃる通りですね。
      記憶って曖昧ですからね。
      何がホントでウソかわからなくなりますね。
      また情報も複数の情報を取ってしっかり精査しないとですよね。
      ちゃんと正しく報道して欲しいと思うのですが、「正しい」が人の判断ですので、結局、正しいもいろいろになりますから、ある意味でしょうがないですね。

  2. 通りすがりの熟女 より:

    p.s.

    江戸しぐさは諸説ありますね^^;

    大体が違うという話が多いように思います。